崇高とは、18世紀の哲学者エドムンド・バークとイマニュエル・カントによって定義された、美学概念である。美が端的に快をもたらすのに対して、崇高は恐怖や混乱が転化されることで快をもたらす。崇高が喚起する情念は、一見不快でしかないような対象を主体が能動的に乗り越えることによって得られる快である。対象に主観的な解釈が幾重にも入り組み複雑化するほど、それを理解し共有した時の一体感は強い。例えば建築分野において、工学的解決や数値化された快適性は幅広く共有されやすいが、主観的解釈の入り込む余地はほとんどない。この問題は、美と崇高の関係と一致する。こうした美学論は、それを支える機能論や技術論といった下部構造を抜きにして説得力を持つことが難しい。一方、機能論や技術論の分析的手法のみでは空間や形態を生み出すことはできないことも、機能主義や技術主義の歴史から明らかである。そこで本研究では崇高の概念に着目し、18世紀に端を発する崇高論の系譜を整理し、実作における思想と手法を整理・分析することを目的とする。またそこから得られた知見を基に設計提案を行い、近代機能主義に依らない新たな発想法を獲得することを目的とする。本論文は、序章、崇高論の概要と歴史をまとめた第二章、崇高性に求められる要素を分析した第三章、実際の建築作品における展開例を分析した第四章、以上を踏まえた上で建築設計を行う第五章、総括を行う結章からなる。序章では、研究の背景と目的を示した。第二章では、崇高論の基礎概念と歴史的展開をまとめた。崇高論の祖であるバークの言説より、〈喜悦〉と名付けられた特殊な快の感情を喚起するもの全てを〈崇高〉と定義した。また、紀元前に誕生した言語上の崇高が18世紀にバークの観察主義的分析よって再発見され、カントの理性...